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イランの経済制裁と政治を一般国民から感じてみた

イランは今アメリカを中心とする国際社会から経済制裁を受けています。

1979年にイランではイスラム教に基づく国家運営をする、イランイスラム革命が起こります。
それまでは親米のパーレビー国王による国(アメリカの傀儡政権だったとも言われています)だったのが、
そのパーレビー国王を追放しての新しい国家、イランイスラム共和国となったのです。
指導者はホメイニ師です。


左がホメイニ師。
右は今の最高指導者ハメネイ師。


当然、反米です。
当然、アメリカは認めません。
そんなさなか、アメリカ大使館員を人質に取る事件が起こり、アメリカとイランの亀裂は決定的となります。
(今イランにアメリカの大使館はありません。撤退したっきりです)


元アメリカ大使館の壁は今こんな感じで、反米プロパガンダに使われています。

その後、イランが化学兵器を作ってるんじゃないか疑惑とか、核開発をしてるんじゃないか疑惑が出てきます。
同時多発テロ直後、イラク、北朝鮮と合わせてテロを支援する「悪の枢軸」とブッシュ(子)大統領は名指しして非難します。

まぁ、普通そういう風にあからさまに目の敵にされると、イランとしては軍備を整えたくなるでしょう。
アメリカも「アメリカやイスラエルと戦争できる準備を整えているはずだ!」と確信しています。
(自分だったらそうするはず、というとこですね)
特に「核兵器を作ろうとしているはずだ」と考えています。

核兵器を作るための前準備にあたる、ウランの濃縮をやっている、遠心分離機を持っているという情報から、経済制裁をアメリカは決定します。
「戦争の準備を続けるならアメリカの銀行との取引を一切できなくするよ」ということです。
そしてアメリカだけでやっても効果が薄いので、同盟国にも同調するように呼びかけているのです。
当然日本も経済制裁に参加しています。

経済制裁を受けるとどうなるのか。

他国の銀行とやりとりができないので、お金のやりとりができない、
ということはモノのやりとりもできない、
イコール輸出入ができない、ということです。

イランは世界有数の産油国です。
そのイランが石油の輸出ができなくなる、ということです。
もうける手段を封じられると、外国製品を買うこともできません。
国内で自給することが基本となり、最新技術が導入できなくなり、技術も経済も停滞します。

それが現在のイランです。

ちなみに、「核開発疑惑」ですが、イラン側の言い分は、
「核兵器を作るつもりはまったくない。
でも、原発とかで、原子力を平和利用をする権利はイランにもある。
アメリカとか原子力をばんばん使ってる国にそれを止める権利はない」
と国際社会の場で再三発言しています。
私はしごくもっともだと思うのですが、アメリカは核の平和利用なんて信じてないので経済制裁は継続されています。

イランでは外国のクレジットカードは一切使えません。
国際間でお金のやり取りができないからです。
実際にはドバイなどの銀行口座を持ち、「うちはカード使えるよ」と言ってる店もごくわずかありましたが、ほぼ100%不可能だと思って間違いありません。

私たちはいつもその国の通貨を手に入れるために、クレジットカードを使ってATMから引き出します。
が、イランではその手段は一切封じられ、現金ドルを道端のおっちゃんと両替するしかないのです。

エスファハーンでは10ヶ月イランに留学している日本人の男の子に出会いました。
留学資金をどうやって工面しているのか聞いたところ、
相当な大金になるけど、半年分くらいの資金を現金米ドルで持ってきている、とのこと。
こわーっ!
で、それでも足りなくなったら、日本の銀行のお金を引き出すために、トルコのATMまで行かなきゃならない、と言っていました。

外国人にとっては、旅行もビジネスも、とってもしにくい国なのです。

しかし、だからといってイラン国内で物資が枯渇しているか、というとそうでもありません。
パナソニック、ソニー、トヨタ、カワサキ…
日本企業の電化製品や車・バイクを扱うお店もちゃーんとあります。
あふれかえるほどではないですが。

コカ・コーラだってあるし、ディズニーキャラクターを描いたグッズもあります。
これらの企業の製品はどうやってイランで販売することができてるんだろう…?

国民生活はいたって質素です。
経済制裁の影響で停滞している、とイランの人々は思っているし、実際そう。

しかし、私から見たら資本主義国の企業がガンガンに入ってきていない分、消費社会になっていない感じで、
決して困窮して仕方がない、という様子ではありませんでした。
逆に「地に足がついている」と好印象なくらい。
まぁ、それはモノがあふれかえる日本人だからそう思うんだけど。

イランで話をした人たちは「もうちょっと経済的にまともにほかの国と付き合いたい」と思っている人が多いように感じます。
「政府はもー」と。
「そんなにアメリカに敵対姿勢を向けるな」と。

対米強硬派だった、前アフマディネジャド大統領を「バカ」呼ばわりする人が多くて笑えた。
今年の6月に大統領選挙があって、圧倒的多数で穏健派のロハニが新大統領になりました。
多くの人が期待しているのを感じました。
「今度の大統領はいいよ」というニュアンスのことをよく聞きました。

つい先日、イランのロハニ大統領とオバマ大統領が電話で直接話ししてましたね!!
これ、1979年、イラン革命後初めてです!
1979年って私が生まれた歳なので、それくらい長くアメリカとイランの直接対話はなかったことになります。

イラン内にはアメリカに歩み寄ることに対しさまざまな意見があるようですが(特に指導者層に)、
一般の人たちのバランス感覚の良さに驚きました。
冷静な目で自国を見ようとしている人が多くいました。
「イランはどう?」と二言目には聞かれました。
「いいでしょー」でも「ひどいでしょ!」でもなく、私たちからどう見えるのかを知りたがっていました。

「あなたの見たイランを伝えて欲しい」と言われた旅仲間がいました。
自分たちの正当性を主張するのではなく、過度に卑下するのでもなく、判断をこっちに委ねる。
すごく大人な状態だと思いました。

情報が制限され国際的に孤立していると、国の中で極端な意見が大勢を占めやすく、国として暴走→破滅と進んでいく例は過去にたくさんあります。
状況としてはイランもそうなってもおかしくないと思います。
でも、そんな雰囲気はイランにはありませんでした。

私がふれることができたのは、ほんのほんのごくわずかでしかありません。
でも、すぐに戦争や紛争に至る国の雰囲気だとは思えませんでした。
人々のテンションで言えば、エジプトやイスラエルの方が「あー、力んでるなぁ」と感じたくらいです。

イランは日本に生活していると情報が少ない国です。
少ない情報は偏ったイメージを与えることが往々にしてあります。

そんな中、自分の目で見れて、感じられて、本当によかった。
私が見たイランなんてほんのわずかにしか過ぎないけど、それでもテレビ越しに見る、ネット回線越しに読む、何倍もの情報量だったと思います。
言葉にはしにくい「雰囲気」なんて、足を運ばなきゃ絶対に感じられません。
そして、何より他人のバイアスがかかってないイランを見れました。

「自分の目と耳と心で情報をつかむことの大切さ」を再認識。
そうして得た情報で判断していきたいな、大きな流れになんとなく流され「自分で判断した気」になってしまわないようにしないとな、と改めて思ったイランです。

えり
(今回、文字ばっかりでごめんなさい(>_<)
 次回は女の子、いっぱい出します!!)
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