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36:こんちわ・ by みっちー on 2013/08/12 at 19:44:35

19日からイタリアとフランスに新婚旅行に行きまーす 先生達はそのころはどのへんにいます?

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エジプトの民主主義

私たちがダハブに滞在したのは6月29日から7月7日でした。
ちょうど、エジプトのデモが最高潮で、日本でも連日報道されていた、まさにその時に辺境のダハブだけどエジプトにいたわけです。

エジプトの情勢はネットのニュースを見て知っていましたが、ダハブがエジプトである認識が低く、
(ダハブだけならビザもいらず、イスラエルに戻るため、ヨルダン・イスラエルの延長のような気がしてた)
ペトラを出発する直前に「ダハブってエジプトじゃん!」と気づき慌てて情報収集をした次第です。

ニュースを見れるだけ見、外務省の注意喚起を読み、現地の人のブログを探し、先日までダハブにいた人にもメールを送り状況を聞きました。

その結果、ダハブは問題ないだろう、と判断しての出発でした。

実際、ダハブはのーんびりとしたエコノミーな観光地で、デモの影響で旅行者が減り、逆に静かになっているほどでした。
少し離れた高級リゾートなどはテロの対象とされる可能性もある、ということでしたが、ダハブは心配ない様子。

ニュースを見ていたお店のおじいちゃんたちに話を聞くと、
「俺はムスリムだが、モスクに行くのは嫌いだ。
こいつは違う民族だ。
いろんな奴がいて、でもこうやって一緒に仲良くしている。
こんな騒動は望んでいない。
そう思ってる奴らがほとんどさ」
というようなことを言っていました。

それでも、最も「荒れる」と言われた、モルシ大統領の就任1年目になる6月30日には少し集会が開かれていました。
100人程度の人々がエジプト国旗を持ち、何かを連呼しながら商店街を練り歩いていました。



といっても逼迫感はなく、どちらかというとお祭り的なノリで、子どもも混じってはしゃいでいました。

宿泊していたゲストハウスのスタッフも手作りのプレートを持って参加してきたようで、帰ってきて私たちに
「これ持って写真撮れ!悲しそうな顔でな!」
とすすめてきて大笑いしてました。



プレートには「Time to Go!」と書かれてあり、モルシ大統領の退陣を要求するもののよう。
要するに「今でしょ?!」って書いてあるわけで、笑ってしまう。



とは言っても、カイロ行のバスが出なかったりして、影響が全くないわけでもなく。

7月3日、食事帰りの商店街が異様な雰囲気に包まれていました。
いつもうるさい呼び込みの声が一切せず、人の姿も路上にない。
すべての店から、同じテレビの音が聞こえてくる。

なにか重大な演説が行われているのか?

気づかずジュースを買おうと声をかけ、兄ちゃんにすっごく迷惑がられる。

と、ワーっと歓声が上がり、店々から兄ちゃんが飛び出し、飛びはね、花火をバンバン打ち上げ始めた。
(用意してたの??)

どうした?どうした?と思っていると、私たちに向かって
「モルシー むにゃむにゃ!」
と叫び、お縄につながれるポーズをする。

モルシ大統領が捕まったんだ!!

すごい瞬間に遭遇してしまった!
エジプシャンの興奮には遠く及ばないが、大きな社会のうねりを感じて私も興奮していた。
と同時に、あーあ…、とも思っていた。
前回のムバラク大統領が更迭されたのと今回は、訳が違うと思ったからだ。

当時のムバラク大統領は長期独裁を敷いており、選挙で辞めさせる、という手段を持たない国民は、デモにより大統領の職を辞させ、民選の大統領選挙を行った。
それは国民の意思で国を動かそうとする、「民主化」が大きく前進した瞬間だった。
その選挙で選ばれたのがモルシ大統領である。

期待された分、1年で良くならないことの失望は大きかったのだろう。
だが、自分たちが選んだのだ。
民選の大統領を選挙に寄らずして引きずり下ろし、それに軍部が大きく関わっていたということは、国民の支持があったとしても、手順としておかしいんじゃないか、と思うのだ。
だから「革命」という言葉ではなく「クーデター」と書かれるのだろう。

そしてもう1つ。
国民が「気に食わなきゃ寄ってたかって騒げばいい」と思ってしまったと感じたからだ。

政治や経済状況なんて一朝一夕に変えられない。
たーくさんの国民がいて、何かひとつの解決策で全員が幸せになるなんてありえないからだ。
だから国民の意見を聞く民主主義は、時間がかかるのだ。
時間をかけず大きく変えられたとしたら、それは国民の意見を聞いていない独裁に近い。
いい時はリーダーシップと言われるんだろうけど。
(リーダーシップを否定するわけではない。
でもそのリーダーシップという言葉で少数意見を「聞かない」のは独裁の温床だ。
政策としてたとえ汲み取れなかったとしても「聞く」必要が政治家にはある)
民主主義を本気でやるなら、時間がかかることをめんどくさがってはいけないのだ。

次、新しい大統領が選ばれても、民主的な手続きを踏もうとすればするほど、時間がかかるだろう。
でも、エジプト国民はきっと待てないと思う。
今回で「辞めさせられる」実績ができたから。
そうすると、時間がかけられない為政者は独裁的な手法を取る政治に返ってしまう。

これから相当しばらくの間、エジプトが民主化して完全に安定することは難しくなってしまったんだろうな、と宿のテレビに映される、興奮した群衆を見て思った。
(大人気か、ものすっごい恐怖政治を敷くか、どちらかのタイプの独裁者が現れればきっと落ち着く。一旦は。)


モルシ更迭を興奮して伝えるアナウンサー

そしてこの夜、この政治的な出来事と関係なく、私たちの宿の前で大喧嘩がおきていた。
大人の男数十人が飛び上がり殴り合う大喧嘩だ。
(町で対立するグループの衝突だったらしい)

そのうち両手にナタのような大振りな刃物を持って走り出す人、銃を担ぎ出す人も現れ、表は大騒ぎだった。
一旦話し合いで落ち着いたかに見えたそのほんのちょっとあと、ガラスが割れる音がし、それと同時に再び凶器を握り締め、すごい勢いで走り出る人々が見えた。

最終的に警察が出動し、良識ある人になだめられ説得され、表向きの衝突は終わった。

私たち日本人は宿のテラスの一角で固まって様子をチラ見していたが、あまりの勢いに声を失い、女の子たちは蒼白になり、男の子も乾いた笑いしか出てこない状況だった。
日本内では昔のヤクザ映画の中でしか見ないような光景だった。

こんな激情的な人々が行っているデモである。
当然良識ある人も今回のケンカのようにいるだろうけど、ナタ両手持ちに銃をすぐさま抱えて走るような人もいる国なんだ、ということがわかった。


騒動で割れたガラス

しばらく安定は難しいと思ったのは、このケンカを目の当たりにしたからだ。
いい意味でも悪い意味でも「熱い」人たちの国なんだ。

この後ぐるっとヨーロッパをまわった後エジプトに戻ろうと思っていが、今回の旅ではもしかしたらピラミッドは見れないかもしれないな、と思っている。
エジプト人のいい「熱い」面にいっぱいふれられる時期が早くきますように。

えり


サウジアラビアから昇る朝日
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36:こんちわ・ by みっちー on 2013/08/12 at 19:44:35

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