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エルサレムの3つの宗教


イブじいの家にたどり着いて力尽きた翌日、
エルサレムの旧市街に歩いて向かいました。

世界遺産にも指定されているこの地区は、
どこを歩いても歴史的に言われのある場所にぶつかります。

イブじいの家のすぐ近くには昇天教会。
十字架にかけられたあと復活したイエスが弟子たちの前から天に昇った場所とされるところ。
天井にはイエスの足型がついているとか何とか。
今はイスラムのモスクになっています。

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入場料がかかるため、外から見学。
足跡見ず。


そして少し下るとゲッセマネの園。
最後の晩餐を終えたイエスが弟子たちと最後の祈りをし、
ここでユダが合図したことでとらえられることになる場所。

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2000年、代替わりしながら続いているというオリーブの木


城壁をくぐり旧市街に入ったら、審判を受けたイエスが十字架を背負い歩いた道、ディア・ドロローサ!

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イエスがつまづいた所、

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十字架にかけられたゴルゴダの丘、
(現在は聖墳墓教会になっています)

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亡がらが降ろされ香油を塗られた所、

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イエスが葬られた場所、

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聖書のストーリーを思い出しながら、順番にまわります。


途中、ポイントごとに祈り歌う団体がいたり、

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大きな十字架を抱えて歩く人がいたり、

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イエスが歩いた最後の道をたどる巡礼者が多く見られました。

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ディア・ドロローサの道のりは、旧市街のバザールにあたり、ピクルス屋やあまーいお菓子屋、手芸屋などが軒を連ねていました。
おそらく2000年前の当時も、人の往来の激しい繁華街だったのでしょう。

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図らずも6年間、みっちりキリスト教についての知識を身につけた私は、
一般の日本人なら「へー」で終わるポイントが興奮ポイントとなります。
ただ、そこを訪れる多くの巡礼者とは違い、
完全なミーハー感覚なのが申し訳ないのですが。

でも、それでも、ディア・ドロローサをめぐるのは、特別の感慨がありました。
日常生活と、巡礼者と、単なる観光客がせまい路地でひしめきすれ違う。
エルサレムはどこの都市とも違う雰囲気を持っているようでした。

イエスの足跡をたどった後に向かったのは、
ユダヤ教徒の聖地、なげきの壁と、
イスラム教徒の聖地、岩のドームです。

このエルサレム旧市街には、世界有数の一神教3つの聖地が近接しているのです。
エルサレムの独特の雰囲気は、これによるところが大きいのです。

そもそもこの3つの宗教は根本を同じくしていて、「アブラハムの宗教」と呼ばれます。
もっとも古いのがユダヤ教。
そのユダヤ教の改革者として現れたのがイエス。
イエス亡き後、弟子たちにより伝道され、ユダヤ教とは違う宗教、キリスト教となります。

イスラム教はムハンマドが神の声を聞き始まる宗教なのですが、
一神教において世界の神様は一人だけなので、ユダヤの神様と、キリスト教の神様とイスラムの神様は同一人物、ということになります。
イスラム教にとってはイエスも神の言葉を聞いた1人(預言者・神の言葉を預かる者)。
でもちゃんと伝わってなかったから、ムハンマドに最後に正しい教えを伝えた、ということになります。

兄弟宗教ともいえるこの3つ。
基本的にあまり仲はよくありません…(ーー;)

その3つがエルサレムというひとつの都市を聖地としているのです。
旧市街の中はそれぞれの信者が固まって住んでおり、キリスト教徒地区やイスラム教徒地区などに分かれています。
過去数百年の間、どの宗教がこの地を支配するかで戦争になり、支配者がコロコロ代わってきました。

ユダヤ教としては、エルサレムはキリスト教誕生以前からの聖地でした。
ユダヤの神殿が建っていたところがA.D70年にローマ軍により破壊され、残った壁が嘆きの壁となっています。
ユダヤ教徒がここで祈りを捧げる姿は有名ですね。

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祈りの壁は男女で仕切られていました


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女子中高生が大群で来ていた。
一心不乱に何を祈るのか。


荷物検査と探知機のゲートを抜ければ私たちでも壁のそばまで行くことができます。
でも、真摯な祈りの前で、ミーハー観光客は遠巻きに眺めることしかできませんでした。


そして、その嘆きの壁の真上に建っているのがイスラム教の「岩のドーム」です。

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ムハンマドが一夜のうちにメディナから空を翔け、昇天した場所とされ、
メッカ・メディナにつぐ第3の聖地と言われています。
(ドームにはムハンマド昇天の際の足跡があるとか何とか。
あれ?どっかで聞いた話?)

ここも荷物と身体の検査をされた後立ち入ることができます。
と言っても敷地内だけで、ドーム内はムスリムのみ。
お祈りの時間は敷地内もダメ、など入れない時間があります。

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現在はイスラエル領内にあるエルサレム。
イスラエルはユダヤ教徒による国なのですが、エルサレムだけは国連の管理、ということになっています。
イスラエルはエルサレムを首都と言っていますが、国際的な承認は受けていません。
それだけエルサレムは紛争の火種である、と言うことなのです。

だから、今回の旅で絶対に訪れたかったのです。

日本人になじみの薄い、宗教に関する知識と感覚。
でも現代社会において、宗教はものすごく大きな影響を及ぼしています。

宗教を理解しないと、理解できない問題はいくらでもあるし、
宗教を理解していないと、紛争の元となるし、
宗教を理解していれば、スムーズに物事が進むことも多いでしょう。

エルサレムやイスラエルの問題は、まさにその代表と言えます。

「宗教を理解する」というのは、「その宗教を信じる」のとは違います。
何を大事にしているのか、どんな考え方なのかを「知る」ということです。
知れば「なるほどね」と相手の考えを尊重することができます。
知らないと簡単に否定ができ、軋轢になります。

そういう意味で、6年間、好むと好まざるとに関わらず宗教について学ぶことができたのは、本当に良かったと思います。

6年間、毎日礼拝があり、毎日聖書を読み、讃美歌を歌い、聖句にまつわるお話を聞いていました。
入学式ではなく入学礼拝だったので度肝をぬかれました。
合唱コンクールはなく、讃美歌コンクールでした(笑)。
週に1時間、「聖書」という授業もあり、年3回の定期テストもありました。
成績も5段階、相対評価がつけられます。
(なぜか、聖書の成績、けっこう良かった)

そこではイエスの生涯、キリスト教の歩み、キリスト教の考え方、ユダヤ教からの歴史、日本の宗教との教えの比較などを習いました。

当時は、与えらたモノは飲み込むな、というポリシーの、反抗期真っ只中だったため、
積極的に学ぶ姿勢はまったくなく、毎日の礼拝はめんどくさく、ただ私の頭の上を通り過ぎていくものでした。

それが、通り過ぎてみれば、6年間で学んだことの中で、宗教に関する知識と姿勢が大きな財産になっていました。

私はキリスト教に改宗するほど信心深くはありませんでしたが、
強い宗教心を持つことを尊重する姿勢は身についたと思います。

今、エルサレムの旧市街を訪れてみて、
それぞれの聖地がそれぞれ自己主張しているように見えました。
狭いエリアで表立って強く反目しているわけではないけれど、互いのことを見ないようにしている感じがしました。
とけあっていないというか…
完全な平和と調和の状態では、まだありません。

エルサレムがうまく行く時が、世界の理解と平和が近づく時だと思います。
エルサレムは世界の縮図と言えるのではないでしょうか。

愛し合わなくても、認め合う。
言うのは簡単ですが、難しいです。

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サッカーボールひとつあれば、言葉も宗教も世代も越えてしまえるのにね。
イブ爺の家の近所の子供達と。


えり
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