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37: by 中島ほのみ on 2013/08/21 at 14:27:00 (コメント編集)

先生たちのブログもっと沢山のひとに読んでもらいたいです〜!!

38:ほのみんさん by Satoshi と Eri on 2013/08/22 at 07:54:48

読んでくれててありがとー!
ぜひ青学年のみんな、大学のお友達に布教して!

でも実は今回のはイマイチ納得いってないんよ。
伝えたいことが多すぎて拡散しちゃって、どうも思ったことが書けなかったー。
まだ自分の中でも問題を整理しきれてないってことなんだけど。
知れば知るほど、足りないなーって思うよー。
がんばって精進するから、長いけどがんばって読んでね。

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ベツレヘムとヘブロンから

エルサレム、残った2日で向かったのが、エルサレムから1時間ほどの場所にあるベツレヘムとヘブロンです。

ベツレヘムはイエスの生誕の地としてキリスト教の、
ヘブロンはアブラハムが神から初めて土地を与えられた場所としてユダヤ・キリスト・イスラム教の聖地として重要な町です。

そして、現在はイスラエルとパレスチナの対立が顕在化している町として有名です。

イスラエルとパレスチナの対立は「パレスチナ問題」と呼ばれます。
イスラエルの主要構成民であるユダヤ人と、イスラエルができる以前から住んでいたイスラム教のアラブ人(=パレスチナ人)の対立です。

そもそも3000年以上前に遡ると、現在のイスラエルの辺りにはユダヤ人の国家がありました。
その後、ユダヤ人は移り住んだエジプトで迫害され、モーセに率いられてイスラエルのあたりにたどり着きます。
この時に神様からイスラエルの地域を「約束の土地」として与えられた、とされています。
(出エジプト)

しかしその後、バビロニアに捕らえられ虜囚として連れて行かれたり、ローマ帝国の属州とされたり、
せっかく神様から与えられた土地なのに異民族に支配され独立できない状態が続き、ユダヤ人たちは世界に離散していきます。(ディアスポラ)
どこの土地でも少数民族であるユダヤ人は迫害を受けます。
キリスト教の国では特に「イエスを十字架にかけたユダヤ人」として差別の対象でした。
そんな中、第二次世界大戦中、ナチスドイツによるユダヤ人の大量虐殺、ホロコーストが行われます。

「自分たちの国があれば…!」
とユダヤ人たちが思ったのも当然でしょう。
国際世論もユダヤ人に同情的になります。

そして1948年、ユダヤ人国家であるイスラエルの建国が宣言されます。

…というのがユダヤ人サイドからの説明。

ユダヤ人が世界に離散したあと、イスラエルの地はどうなっていたのか。

パレスチナと呼ばれるようになったこの地には、ユダヤ人以外も多く住むようになっていました。
イスラム教が興ってからはイスラム教徒が多くなり、イスラム帝国やオスマン帝国などのイスラム教の国によってパレスチナの土地は支配されます。
この地域に住んでいる人々は「パレスチナ人」と呼ばれるようになります。

第一次世界大戦中、イギリスはオスマン帝国打倒のためパレスチナ人にもユダヤ人にも「イギリスに協力したらあなたの国を作る協力をしよう」と持ちかけます。
ちょうどユダヤ人内に「『約束の地』へ帰ろう」というシオニズム運動が盛んになっていた時期で、ユダヤ人には豪商が多く、彼らの資金援助が狙いでした。
しかし一方では、「戦後、この地域は英仏露で分割しよう」という話し合いもしていました。
有名な「イギリスの三枚舌外交」です。

結局大戦でオスマン帝国は滅亡しますが、その後パレスチナ人とユダヤ人が同じ地域に「国を作る!」と言ってぶつかることになります。
どちらもイギリスから言質を得ているので譲りません。
ユダヤ人は続々と世界からパレスチナに集まり、パレスチナ人とあちこちでぶつかります。
イギリスも解決できず、国連に問題解決を図ることになります。

そこで出されたのが1947年の「パレスチナ分割決議」でした。
パレスチナの土地をユダヤ人エリアとパレスチナ人エリアに分けよう、というもので、人口が約3分の1のユダヤ人に、3分の2以上の土地を与える決議になっていました。
イスラエルのバックには国連安保理の常任理事国である米英がついているのです。
当然パレスチナ人は納得しません。


パレスチナ分割決議に基づく分割案
オレンジ…イスラエル
黄色…パレスチナ (ウィキペディアより)


そんな中の1948年のイスラエル建国宣言だったのです。

現在、イスラエルの中に「パレスチナ自治区」(国連の分割決議よりさらに小さくなっている)が設けられ、ユダヤ人とパレスチナ人の分離が進んでいます。
パレスチナ自治区は大きく2ヶ所。
「ヨルダン川西岸」と地中海に面したエジプトよりの「ガザ地区」。


薄いグレーがパレスチナ自治区 (同)

私たちが訪れたベツレヘムとヘブロンはヨルダン川西岸地区、パレスチナ側の町です。
が、どちらもヨルダン川西岸地区を分断するイスラエルの政策の最前線です。
どういう事かというと、パレスチナ人地区にユダヤ人の居住地域を作り出すことで、ヨルダン川西岸地域内にイスラエルが実効支配するエリアを作り出しているのです。



この図の赤い部分がパレスチナの行政権が及んでいる場所。
「ヨルダン川西岸」の多くが、実はイスラエル側の支配下にあることがわかります。

ベツレヘムではユダヤ人地区とパレスチナ人地区の境を高い壁で仕切っていました。

20130710_125615+1.jpg

これはベルリンの壁より高いのだそうです。
イスラエルの言い分は、「この地区に住むユダヤ人をパレスチナ人のテロから守る」ということなのだそうです。

高い壁がずーっと続き、監視塔がパレスチナを見張っています。
この写真はパレスチナ側から撮ったものですが、上部のねずみ返しのような部分がこちらを向いていることから、どっちを閉じ込めようとしたものか、分かるでしょう。

20130710_105527+1.jpg

壁には様々な自由を求める絵が描かれていましたが、エルサレムの岩のドームを描いたものが多くありました。
エルサレムとこの地区を自由に行き来することはできないからです。
バスに乗ってエルサレムに帰るとき、途中検問所のような所があり、人々がゾロゾロ降りていきました。
私たちはバスに乗ったままパスポートのチェックがあったのですが、パレスチナ人は一度バスから降り、銃を持ったイスラエル兵のチェックを受けなければならないようでした。
壁の岩のドームの絵は「自由にお祈りに行かせろ」というメッセージだったのです。

20130710_105511+1.jpg
チェックポイント
アラブ地区に入るときは何もないが、ユダヤ地区に入るときにはチェックがある


ベツレヘムの壁の近くには「アイダキャンプ」という難民キャンプがありました。

20130710_131141+1.jpg


ユダヤ人地区から追われたパレスチナ人が難民としてここに集まったのです。
キャンプといっても、今ではコンクリ建ての家が密集する住宅地で、国連の施設が多いことを除いては、ほかの住宅地と変わらない様子でした。
それは彼らがこの場にもう「定住」していることを示しています。

20130710_133714+1.jpg


ニコニコと話しかけ、家に誘ってくれたこの子にとってはアイダキャンプが生まれ故郷、ということになります。
そうしているうちに、パレスチナ人のエリアがユダヤ人のエリアとして既成事実が作られていくのです。

一方、ヘブロンでは過去に何度も大きな衝突が起こっているため、ユダヤ・パレスチナの分離はより厳しく進んでいるようでした。
両者の境にあるパレスチナ側の市場の上にはフェンスが張ってありました。
平面上だけでなく、縦方向にも分断がされていることに驚きました。

20130711_133659+1.jpg
上がユダヤ地区、下がアラブ地区

ユダヤ教、イスラム教、両方の聖地であるマクペラの洞穴を境として地区が分かれており、私たちはパレスチナ地区から出ることができました。
そこは無人の地区でした。

20130711_141334+1.jpg
人気が全くない

何度も衝突の現場となったこの場所は、誰も住んでいない無人の緩衝地帯となっていました。
家はあるのに人の気配を一切感じない。
未だかつてこのような場に立ったことがありません。
ほんの数m、建物を隔てた向こう側は活気のあるアラブの市場なのに…。

薄気味悪さを感じて、自然と早足になります。
検問を通ってパレスチナ側に戻りバスに乗りました。

20130711_144022+1.jpg
パレスチナ地区に戻るための検問所

パレスチナ地区の人々は他のアラブ諸国と変わらず陽気で、市場は活気があふれていました。
イスラエルが恐れるテロリストには見えませんでした。
壁を作り、分断して互いの顔を見えなくすることで、かえって影に怯え恐怖が大きく膨らんでいるような印象です。

どちらにも言い分と理屈があり、どちらか一方が加害者で、なんて簡単な問題ではありません。
ましてや、ちょっとのぞいただけの私が偉そうに提言なんてできません。

でも、「分断」は「解決」に結びつかない。
これだけは言えると思います。

先日、オスロでイスラエルとパレスチナが和平交渉のテーブルにつくことが報道されました。
(と言いつつ、同時にイスラエルはパレスチナ地区へ新しい家を建設することを発表したのですが…)
現実問題として、どちらかを完全に追い出すことはできないわけで、
現実の妥協点で折り合う選択を両者ができればいいなと思います。

えり
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37: by 中島ほのみ on 2013/08/21 at 14:27:00 (コメント編集)

先生たちのブログもっと沢山のひとに読んでもらいたいです〜!!

38:ほのみんさん by Satoshi と Eri on 2013/08/22 at 07:54:48

読んでくれててありがとー!
ぜひ青学年のみんな、大学のお友達に布教して!

でも実は今回のはイマイチ納得いってないんよ。
伝えたいことが多すぎて拡散しちゃって、どうも思ったことが書けなかったー。
まだ自分の中でも問題を整理しきれてないってことなんだけど。
知れば知るほど、足りないなーって思うよー。
がんばって精進するから、長いけどがんばって読んでね。

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